彩乃:豆腐を中心とした大豆関連情報を私たちに提供してくれているトーヨー新報さんはいつ頃創立されたのですか?
西村さん:昭和33年の創立です。2月で45年目に入りました。
彩乃:すばらしく歴史のある新聞社なのですね。今でこそトーヨー新報さんは大豆関連新聞として名が知られていますが、当時としては大変珍しい新聞と思われたのではないでしょうか。
西村さん:私は設立当初の大変さは知らないけれど、大変だったと思いますよ。大豆加工食品専門新聞を出すのだからね。
彩乃:それでは、どうして大豆を扱った新聞を発行するようになったのかきっかけを教えてもらえますか。
西村さん:どの業界でも業界紙というのは必要なんですよ。
彩乃:それはどうしてでしょうか?
西村さん:業界の情報を詳しく伝える媒体があることで、業界内を刺激することができ、その刺激で業界内に活気が出るんです。つまりそれだけ業界の情報があるわけです。逆に業界紙がなければ業界に情報が少なく活気も鈍ることです。ところでトーヨー新報のトーヨーの意味を知っていますか?
彩乃:えっ、オリエントのトーヨーではないのですか!?
西村さん:トーヨー新報のトーヨーは豆腐の豆(とう)に油揚げの揚(よう)。新聞の創立当時は豆腐と油揚げが対象だったのです。でもそれでは本当に豆腐と油揚げしか扱えない、大豆を使った食品はもっとたくさんある。納豆やこんにゃくなどの業界にも進出したい。もっと広い意味合いで使いたいということでカタカナに変えたのですよ。
彩乃:そうだったんですか!!すっかり勘違いしていました。
西村さん:紙名の他に発行回数も変化しています。設立当初は月1回だった発行回数を半年後には月3回にしています。
彩乃:それは業界全体がこのような新聞を待ち望んでいたという表れですね。そのような長い取材経験の中で業界内も大変変化してきたと思いますが・・・
西村さん:発行4、5年ごろから、10年は経たないうちに豆腐の機械化が始まりました。それまでの豆腐産業と言うのは職人技術の固まりのような感じだった。豆腐というのはにがりで固めるでしょ。その固める技術を会得し、一人前になるためには10年ぐらい修行が必要、といわれていて、豆腐の機械化は無理だといわれていたのですが機械技術は目覚しく進化して、どんどん機械化が進むようになっていったんです。
彩乃:それはどうしてですか。なんとなくですが、手作りのほうが美味しいような気がするのですが・・・
西村さん:販売形態が変わったことが上げられます。製造販売から、大量販売のスーパーに変わっていき、消費者は主にスーパーで買い物をするようになったのです。
彩乃:肝心の味の方はどうなんですか?
西村さん:確かに初めのころは美味しくないと言われていましたね。しかし機械も日進月歩で開発が進み、今では機械でも美味しい豆腐が安定して作られるようになりました。
それから豆腐屋さんの後継者不足ということにも原因がありますね。
彩乃:それはどうしてですか?全然見当がつかないです!!
西村さん:豆腐屋の機械化は後継者問題にも対応したものだったんですよ。やはり若い者は家業の豆腐屋を継ぐよりも会社勤めを希望するものが多く、そのさなかにバブルの時代がやってきた。豆腐屋というのは納豆やこんにゃくと違って立地条件のいい場所にあるから、土地が高く売れます。だから廃業が多く全体数が減ってきたのはたしかですね。
彩乃:それは豆腐は鮮度が命だからということですか?
西村さん:日持ちがしない食品だから作ったらすぐに売らなくてはいけない。だから必然的に立地が良い場所になくてはならない昔は国会議事堂の前にも豆腐屋さんがあったし、銀座にも豆腐屋さんがあったんですよ。
彩乃:でもそれがバブルとどのような関係があるのですか?
西村さん:バブル時代には地価があがった。それはまた法外な値段で売れた。だから後継者のいない豆腐屋さんはそういう条件のいい時に土地を手放してしまったのです。
彩乃:そんな経緯があったのですか。なんだか悲しくなってきてしまいます。それでは昔と今では豆腐屋さんというのはどのくらい減ってきてしまったのですか?
西村さん:そうだねぇ、一番ピークのときで全国で5万軒の豆腐屋さんがありましたが、少し前では1万9000軒、今では1万6000軒にまで減ってしまいました。
彩乃:わぁ!!もっと寂しくなってしまいました。
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